ネットショップ「ひとてま堂」でご覧いただいている作品には、それぞれ短い文を添えています。言葉をじっくり考えていると、どうしても初めから短く書くことが出来ません。またページの都合上、その全文を掲載しきれないこともしばしばです。こちらのコラムではその文章のぜんぶと、言葉にまつわるお話など綴っています。
ガラスの蚊やりにそえる言の葉

空想たましま世界

こちらは、ネットショップひとてま堂「ガラスの蚊やり」ページに掲載した文章のぜんぶです。
なぜか以前から、まわりに人がいても自分だけ蚊に刺されやすいので、夏は塗り薬が欠かせません。
出かけるときも、むせるほど虫よけスプレーを
振りかけて、それでも「かゆっ」となるのだから
もう夏だから仕方がない、と観念しています。

そんな具合なので、私にとって蚊取り線香はたよりになる季節の相棒ですが、
実のところ、線香やそれをたく蚊やりは、生活から少しずつ縁遠いものになっているかもしれない、
と透明なガラスの蚊やりを見て、ふと考え込んでしまいました。

そこで生まれた、短いストーリー『空想たましま世界ー平成生まれの彩乃さん』です。

※『空想たましま世界』はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係ありません。

蚊も登って来ない高層フロアで、冷房でつめたくなった肩をさすって
「もう、8月かー」と、ため息と一緒に小さく言葉を吐き出す。声が出にくい。

出社前に淹れてきたお茶を一口飲んで、タンブラーの蓋を閉めながら、
このあいだ久しぶりに行った古民家カフェの縁側席、良かったなとスマホを見返す。

「日常にあったはずの縁側が暮らしから遠ざかっても、
ドラマのワンシーンや古民家カフェで見かけると、
日向に面したその場所を何となく懐かしいと感じてしまうのです。
蚊取り線香の煙がゆっくりと細くたゆたっていて、
ヒグラシの声が消え入る夏の夕方。」
知り合いのSNSにそう投稿されていたお店。

実家に縁側なんてものはなかったし、今住んでいるアパートのベランダは、
室外機で余計にせまくて洗濯物を干すのがやっと。
でも確かに、カフェの縁側に敷かれた薄い座布団にペタンと座ると、
どうしようもなく懐かしい気持ちになった。

そう言えば、広くて長い縁側と、朝顔の鉢植えがいっぱい出てくるアニメ、なんだっけ。

目を閉じてぐるぐると首を回していると、
ふと、蚊取り線香のにおいが鼻をかすめた気がした。
今年はお盆休み、取れるのかな。

蚊取り線香と玉島長尾地区

JR倉敷駅から西へ2駅すすんだところに、「新倉敷駅」という駅があります。倉敷市玉島の最寄り駅です。
駅の北側にある長尾地区では、古くから線香を製造していたと伝えられています。蚊取り線香の原料として使われる除虫菊(地中海・中央アジア原産のキク科の植物)が輸入され、瀬戸内海沿岸をふくめ各地で盛んに栽培されはじめた明治以降、この玉島長尾地区でも蚊取り線香がつくられるようになったそうです。
くらしき地域資源ミュージアムというウェブサイトによると、現在も数軒、昔ながらの製法で生産されているとのこと。
参照したサイトをご紹介しますので、興味がわいた方はチェックしてみてくださいね。

●くらしき地域資源ミュージアム「蚊取線香・薫物線香」、線香以外にも、倉敷市の特産品や老舗などがいろいろ掲載されています。

夏の風物詩

縁側におかれた蚊やり、蚊取り線香の匂い、冷えたスイカ、遠くに聞こえるヒグラシの鳴き声・・・。夏の風物詩といっていいものばかりです。けれど、文章を考えながら、自分はそれらを本当に見たり聞いたりしたのだったかな、と不思議な感覚におちいりました。

四季があることでもたらされる、いろいろな現象や文化、味覚、生物などをさす風物詩は、季節の変化や節目を私たちに意識づけてくれる大切なイメージだと思います。ただ近頃は、本当にその時節が到来するより我先に、半ば自動的に、あらゆる画面から映像としてどっとそれらのイメージが流し込まれてくるように感じます。そして春を、夏を、秋を、冬を、私たちの心に訴えかけてくる。

縁側のある部屋に蚊帳をつって昼寝したこと、浴衣で町内の祭りに行ったこと、川で冷やしたスイカを食べたこと。私の夏の記憶に、他の誰かの夏が、あらがいようもなく流れてきて、その過剰なエフェクトに現実感を失っていくようです。知っていたはずの世界が、そっくりだけれどもう一つちがう世界にすり替わってしまったような淋しい気持ち。

そんなとき、「香り」をというものが、ずいぶん助けになってくれるかもしれないと最近特に思います。目に見ることは出来ないけれど、確かにあって、ときに自分が思う以上に、つよく記憶を呼びおこしてくる。蚊取り線香の匂いもその一つです。
私にとっては、蚊をよせつけないでくれる効果の上に、目に見えないその香りで、この季節をちゃんと思い出させてくれます。昔ながらの香りがお好きな方もいらっしゃるでしょうし、この頃は、いろいろな香りや色のついた蚊取り線香も販売されています。ガラスの蚊やりを部屋において、四季のあることの豊かさを、そして自分だけの夏の思い出を、そっと嗅いでみたいものです。