ネットショップ「ひとてま堂」でご覧いただいている作品には、それぞれ短い文を添えています。言葉をじっくり考えていると、どうしても初めから短く書くことが出来ません。またページの都合上、その全文を掲載しきれないこともしばしばです。こちらのコラムではその文章のぜんぶと、言葉にまつわるお話など綴っています。
ガラスの酒器にそえる言の葉

ガラスの中に流れる川を見て

こちらは、ネットショップひとてま堂「ガラスの酒器」ページに掲載した文章のぜんぶです。
吹きガラス独特のみずみずしい揺らめきと、羽衣のような淡く白い模様から、川の流れを思い浮かべました。

私たちが住む倉敷市には高梁川という大きな川が流れています。
その川は、こうした酒器に注がれる日本酒にも、とても深く結びついているのです。

桜吹雪で桜を見送ると、
倉敷市玉島に新酒まつりの看板が立つのです。

白い日よけテントの下に
老若男女が明るく酔いつどうあの祭りが、
毎年あたりまえに行われていたことを
本当は得がたいことだったのだと、かみしめる。

お酒の仕込み水は、高梁川の伏流水。
鳥取県との境に近い源流から岡山県を縦断して111km、
瀬戸内海へと注ぐ河口に、玉島という町はあります。

水がいつも流れています。
町の中を、いつも流れています。
とどまらずに、いつも。

光にかざすと、この小さな杯の中に
川のせせらぎが見えるようです。
山の奥で、水がわき出るところに立っている気さえします。
澱みないそのすべてを、
ひと息に飲み干してみたいです。

今年、新酒まつりの看板は立たなかったけれど、
目の前の水面には、新緑がきらきらと輝いています。

高梁川のこと

酒器を見て、まず思い浮かんだ川の水面の揺らめき。それは高梁川という大きな水の存在が、身近にあるからかもしれません。あって当たり前の存在なので、かえって詳しいことを知らない、知ろうとも思わなかったというのはよくあることです。かく言う私も、高梁川の源が花見山という山にあることや、その全長が111キロ(ぞろ目!)だと言うことをこの文章を書くにあたって初めて知りました。知らなかった時よりも、ずいぶん親しみをおぼえます。
参照したサイトをご紹介しますので、興味がわいた方はチェックしてみてくださいね。

●岡山県のホームページにある「岡山県の地形と河川」は、三大河川の場所や概要が分かります。

酒と水ー山から川へ

文章を考えていた時、前の年の冬に仕込まれた日本酒が、ちょうど新酒(しんしゅ)として出回りはじめていました。
岡山県西部「備中(びっちゅう)」には、たくさんの酒蔵があります。県内で酒造りに従事する人たち「杜氏(とうじ)」の多くが、このエリアの出身であることが知られており、彼らは「備中杜氏」と呼ばれています。

この杜氏の方たちの存在はもちろん、酒造りに重要なのは、米と水です。
岡山県には高梁川・吉井川・旭川という三大河川があり、水量や水質にめぐまれています。その豊かさは同時に、氾濫や洪水という災害と隣りあわせで、高梁川支流の小田川などが決壊した平成30年7月豪雨(西日本豪雨)災害は、記憶にあたらしいところです。
現在、そうした災害を繰り返さないために、小田川合流点付け替え工事が進んでいます。河川の付け替えは現代においてさえ大事業ですが、歴史を振り返ると高梁川は古くから何度かそうした難工事を乗り越えています。

山に湧き出る源から全長111キロ、長い年月をかけて今の姿となり、絶えることのない流れで、私たちの暮らしを支えてくれているのだとあらためて思います。日本酒の成分に占める水の割合は、約80パーセントだそうです。そのことからもお酒にとって水が、そして川が、とても重要なことが分かります。もちろん、お酒だけでなく、私たちの生活のあらゆることに、水は関わっているのです。

梅雨が短かったなと思っていたところに、中四国はまとまった雨が降り、水不足も一息つきました。少なすぎても多過ぎても気がかりな雨は、地球上をめぐっている水の循環の一部でもあります。雲になり雨になり、川になり海になる。手のひらに載るおちょこ一杯の水さえ作り出せない私たちは、その一滴も無駄にせず、ある時は醸されたお酒として、その恵みに感謝して、大切に飲み干したいものです。