路地

たましまあるき その1

わざわざ寄り道したくなる路地があります。
車で通る時には見過ごしていたその小さな曲がり角に気づいてから、用があってもなくても、その角を折れてわざわざ細道を歩くようになりました。
お店はありません。けれどお店の裏口があって、中で人が作業している気配が感じられます。少しだけ歩調をゆるめて、軒下にある鉢植えや物干しにはためく洗濯物を見るとはなしに目に入れて、静かに通り抜けます。
とにかく通るたび、いつもしみじみとして好ましい。
自分でも何とハッキリ言えなかったこの感覚、それを表す言葉が昨年辞書に載りました。

【エモい】 (形)〔俗〕心がゆさぶられる感じだ。(略)〔由来〕ロックの一種エモ〔←エモーショナル ハードコア〕の曲調から、二〇一〇年代後半に一般に広まった。古語の「あはれなり」の意味に似ている。(「三省堂国語辞典」)

「うれしい」だけでもなく「悲しい」だけでもなく、「懐かしい」だけでもなく「寂しい」だけでもない。さまざまな感情や感動、それら全部で少しずつ彩られる日常。植えた花が枯れることもあれば、洗濯物が雨に濡れることもある。この路地や町のあちこちに漂っているのは、暮らしとともにある「あはれなり」であり「エモい」なのです。
倉敷市玉島は、「あはれ」という言葉が生まれた時代には、すでに都に知られた土地だったと言われています。万葉集にも詠まれ、瀬戸内海の浅瀬に小さな島々があつまっていたこのあたりは、本当に昔から、その自然の美しさと情趣を称えられてきました。「あはれなり」から千年の時間をかけて、陸続きの港町となりましたが、今もそこここに残る水際のたたずまいに、どうしようもなく「エモい」と感じる人の心映えは、千年前とたいして変わらないのかもしれません。

※「たましまあるき」で掲載する地図は少し分かりにくいかもしれません。お店の位置などを頼りにゆっくりあるいてみてくださいね。

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地図イラスト